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「塾で勉強する/させる」という落とし穴

「先生、うちの息子のことですけど、こちらの塾に入れて頂いて3ヵ月くらいになるんですが、ちっとも成績が上がらないんです…え? 学校での様子とか変わりはないかですって? 授業中も相変わらず集中してないって担任に怒られたみたいで…家では勉強せずにゲームばかりやってるから、なんとか説き伏せてここで勉強させようと…え? それじゃダメなんですか?!…」

親猫が教えなければ子猫もネズミを捕ることはありません。教員の子供の成績が良いのは、つきっきりで勉強の面倒を見ているわけではなくても、成績の良い子や悪い子に接していれば、何をすれば良いのか悪いのか、親子の日常会話からノウハウは自然と伝わるからです。

反対に、親御さんが受験勉強の経験に乏しく、子供にどうやって勉強させたら良いのか分からない…といった場合、塾に通わせて塾で教えてもらう、塾で勉強させるものだと考えがちなようです。会社形態の中規模以上の学習塾では営業マンと教務は別の部署が担当することが多く、その場合、親の不安をあおって受講するコマ数を増やさせたり、特別講習への参加をすすめたり、独自の教材を売り付けたりすることもあるようですが、塾でしか勉強しようとしないような子供では、塾の時間が増えたぐらいで成績が上がることはまずないでしょう。

大教室やサテライトの大人数を相手に一方的に授業をするのは別として、学習塾や個別指導塾の講師、それに家庭教師が気になって仕方ないのは、教えている間のことではなく、それ以外の時間に生徒が何をしているか――具体的には、学校の授業をちゃんと聞いているか、説明や注意を教科書に書き込んでいるか、ちゃんとノートは取っているか、小テストや本試験で間違えたところは家でもちゃんと復習しているか、家庭ではどんな勉強をしているか、学校の宿題はもちろん、塾の予習・復習はしているか、どんな参考書や問題集を使っているか、分からないところがあれば塾で質問できるよう準備はしているか、学校や塾の勉強ばかりではなく、普段から知的好奇心を育てるよう新聞や雑誌、図書に目を通す習慣は身に付いているか、などなど日頃の生活態度には直接的・間接的に生徒の成績と関係してくることがらが少なくありません。

学習塾は、学校で教わってよく分からなかったところをあらためて勉強し直すというのが基本ですが、塾での指導を通じて勉強のやり方を見直し、学校や家庭での学習の進め方も改善できるような方向にもって行かなければ、学習塾でも個別指導塾でも家庭教師でも効果は限られてしまうものです。

子供の教育は学校まかせ塾まかせだと思い込んでいる保護者の中には、このあたりの重要性を理解せず、我が子の成績が伸びない原因や責任をもっぱら教師に転嫁しようとする向きがあります。一方で我が子を名門校や一流大学に合格させた親の体験記などを一読すれば、家庭での親の役割が子供の学習意欲にとってどれだけ大切であるかということが分かります。「成績が上がらない」というクレームに塾の経営者が動揺するのは当然のことですが、ベテランの講師なら生徒の教室での様子から塾の外ではどんな勉強ぶりかはある程度判断が付きます。

ですから、自分では手に負えない子供の勉強嫌いを学習塾に「矯正」してもらおうという甘い考えの親御さんには、あらかじめ釘を差しておく必要があります。もちろん、成績が伸びないと相談や苦情に来てから「家庭で何をしているかが大切です」と諭したところで、「親のせいにするのか」と激怒されるのがオチですから、あらかじめ入塾の説明会や事前の面談のときから、学習塾に通うだけで成績が良くなるものではない、家庭での親の理解と協力があってこそ子供は伸びるという話を縷々お伝えしておくこともトラブルを未然に防止するためには重要です。学校や家庭での勉強はどうなっているのか、あらかじめ「チェック・シート」をこしらえておいて、親御さんの自覚を促すことも有効でしょう。

こうした予備校や学習塾への「過剰信仰」は、親に限った話ではありません。難関校への合格率を誇り、そこに入るための学校や塾が別に存在するような名門進学塾が全国にいくつかありますが、中にはそうしたトップ・クラスの塾に入れたことで「舞い上がって」しまい、学校や家庭での勉強がおかしくなる生徒もいます。

よくある話が、この塾に通っていさえすれば合格するものだと思い込んで、学校の授業をバカにして手を抜いたり、塾での勉強に精力を使い果たして家庭での予習・復習はおろそかになる…というパターンです。学校の先生にしてみれば、塾にばかり熱心で自分の授業を真面目に受けないような子供にテストで高得点を取られてしまっては不愉快ですから、そうはさせまいと授業の内容や試験問題に「仕掛け」をつくるものです。算数や数学の文章題で小テストに出した内容から解答が導き出せる問題を用意したり、国語の授業中に課題文の特定のところで詳しく説明や注意を与えておいてノートを取っていた子が有利になるような出題をしたりします。

塾の授業にばかり入れ込んでいる子供はたいてい学校の授業や教材は後回しで、模試の点数はそこそこなのに学校の成績はさっぱり…といった奇怪な事態に首をかしげた親が学習机を調べたら手つかずのプリントが大量に出てきた…という笑えない話もあるくらいです。

一方、これとは別に経済的な理由から一般の学習塾に通えない児童・生徒向けに自治体やNPOが開設しているフリー・スクールがあります。こうした駆け込み塾に通う子は、自宅では親が留守がちで小さな弟や妹が走り回っていて教科書を開こうにも邪魔されたり破られたりしてしまうから、塾でしか勉強できないため、限られた時間に必死で勉強しようとするそうです。

こういった気の毒な例もありますから、ひとまとめに「塾にばかり頼るな」と言い切ってしまうのは乱暴かもしれません。とはいえ、学校・家庭・社会・塾とそれぞれ異なる役割をもつ空間の中でバランスのとれた体験を重ねることで子供の知識や向上心は育まれて行くということを塾の関係者も忘れてはならないでしょう。